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アライブ 生還者
以前の記事でウルグアイ空軍機571便遭難事故について触れさせていただいたのですが、この事故を題材にした「アライブ 生還者」を、ついに見ることが出来ました。
(といっても一週間以上前の話になりますが^^;)

同じくこの事故を題材にしたハリウッド映画「生きてこそ」の場合は、生存者たちの行動をダイジェストで追っていく形のストーリーでしたが、「アライブ」は生存者たちのインタビューと再現映像で構成された、ドキュメンタリー映画です。
それゆえ、飛行機の乗客の生活環境や、生存者たちのアンデス山中での心境がダイレクトに伝わってきました。

・ウルグアイの名門校ラグビー部のメンバーが、チリでの親善試合に参加するため、空軍機をチャーターし、一人当たりの金銭的負担を出来るだけ軽くするために友人・知人・親族を誘った。
・彼らは、敬虔なカトリック教徒である。

という背景からして、生きるために犠牲者の肉を食べる決断を下した彼らの苦悩が痛いほどに想像できますが、インタビューの中で、彼らがその心境を「語り部」の如く淡々と語っていらしたのが、とても印象的でした。

事故の当事者たちがそれぞれの感情よりも事実の方を重視して語れる心境になるには、やはり30年以上の時間が必要だったのでしょうね。


金銭は紙くず同然、水はアンデスの雪を溶かしたもの、食事は犠牲者の肉(しかも高確率で知り合い)、少量の歯磨き粉をなめることが食後のデザート代わり(歯磨き粉を管理していた生存者は、ある日突然歯磨き粉がなくなった事で仲間から疑われてしまったそうです)
そして、生存者たちが身を寄せていた飛行機の胴体部分に雪崩が直撃し、それによって仲間が命を落としてしまう…

この事故自体、何度も映画化され、世界中のドキュメンタリー番組で取り上げられていますが、「アライブ」は、救出されるまでの72日間の生活が、いかに絶望以外何もない世界であるかを最も効果的に伝えている映画ではないかと思いました。

それだけに、生存者の
「あの環境で72日も過ごしていたら、超常現象やホラーなどは気にならない。屁でもなくなる」
という証言は、非常に説得力がありましたね。


生存者たちが遺体を食べて命をつないだことに関しては、是か非かで判断すべきことではなく、そのことで彼らを責めることは出来ません。
それは遺体を「食べない」選択をして衰弱死した方も同様に。

ただ、アンデスの5000m級の山を2つ越え、10日間かけて人里にたどり着いた2人の青年をはじめ、心がすさんでしまってもおかしくない苛酷な環境で、大きな争いもなく(基本的に)まとまっていた生存者たちの精神力に対して、敬意を感じずにはいられませんでした。


映画の最後の方で、当時のマスコミの報道について触れられていたのですが、生存者としては
「我々の食事のことは遺族に対して失礼に当たるから、公表するつもりはなかった。
遺族に理解してもらえなくとも、事実は我々が直接伝えるべきであり、そのつもりでいた。
しかし、それよりも早くマスコミの報道によって遺族の知るところとなってしまった」

とのことですが…

「16人の生存者がアンデス山中で72日間生き延びた」
ことだけ伝え、「どうやって」生き延びたのかは敢えて伝えない姿勢が理想のように思えますけれど、現場で働く人にとっては青臭い理屈なのでしょうね。

当時のマスコミによるセンセーショナルな報道ゆえに、ウルグアイから遠く離れた日本でも、事故の詳細を知ることが出来る。といった一面も否定は出来ませんが…これは難しいところです。
私個人の気持ちとしては、生存者たちの精神力に興味があり、食べたものに関しては「辛かったろうな」以外に何もありませんが。

ただ、物事は見方により、立場により、色々な見え方があるのだということ。
生存者のインタビューを聞いて、その点を考えさせられました。
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2009/07/13(Mon) | 自分語り・日常 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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