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トラップ一家物語 その2
媒体やジャンルに関わらず、優れた物語に目を通すときには、登場人物に感情移入したり、特定の登場人物と同じ目線でストーリーの流れを追い続けることがあると思います。

ある物語では、登場人物の生き方・考え方に共感したり
またある物語では、脇役の目線で主人公の言動にツッコミを入れたりなど。

私の場合は後者のパターンが多く、共感するとしたら主人公よりは脇役の方だったりするのですが…

トラップ一家物語に関しては、トラップ艦長の婚約者だったイヴォンヌ姫に感情移入し、後に婚約解消して登場しなくなってからも、何となく彼女に近い目線でストーリーを追っていました。

イヴォンヌ姫の育った環境も、境遇も、私のそれとは大きくかけ離れたものですが、不器用さ、そして対お子様スキルの低さという共通点ゆえに、彼女から目が離せなかったですね。


イヴォンヌ姫は、トラップ一家物語を紹介しているサイトのキャラクター紹介のコンテンツで
強引、わがまま、子供嫌い
という書かれ方をされがちで、まぁその通りではありますけれど^^;

だからといって、陰険であるとか、高慢さが鼻につく人なのかといえば決してそうではなく、むしろマリア先生や子供たちとは違った意味で人間味があり、可愛らしさを持ち合わせた人だと思うのです。

トラップ艦長は、第一次世界大戦の功績で男爵位を賜ったので(厳密には准男爵)、嫌な言い方をすれば貴族としては「成り上がり」であり、伯爵家のイヴォンヌ姫にとっては家柄的に「格下」。

イヴォンヌ姫のアプローチは、7人の子供たちを何よりも大切にするトラップ艦長に対するものとしては、ことごとく大ハズレになってしまいましたけれど、ゲオルク・フォン・トラップという一人の男性への純粋な好意ゆえのものであり、格下だからと見下す姿勢は一切ありませんでした。


子供たちに対しては…
攻略相手たるトラップ艦長は子供たちの父親であることを優先する人。
マリア先生という、ラスボスレベルの強敵の存在。
自身の対お子様スキルの低さ。

もうハナっから不利であることは目に見えていて、ゲームだったら攻略本を買いに行くか、攻略サイトさんのお世話になっているレベルですよ。ええ(笑)

イヴォンヌ姫が子供たちに向けて言ったセリフの中に
「私はあなたたちの”母親”になるつもりはない。ただ、ゲオルクと一緒に過ごしたいだけ」
というものがありますけれど…

彼女自身、父親が再婚しており、その再婚相手とあまりうまく行っていなかったと語られているため、色々と解釈できてしまいます。
イヴォンヌ姫なりに、子供たちに大人の嘘で向き合いたくないと思ったからこその言葉だったのかな、とか。
ただ、前向きオーラむんむんなラスボス主人公の前では負けフラグ状態でしたけれども^^;

そして、イヴォンヌ姫がトラップ家から撤退するエピソードが盛り込まれた28話(いたずらアガーテ)、29話(妻になる人・母になる人)。
対お子様スキルは低いけれど、愛するゲオルク(トラップ艦長)のため、子供たちに歩み寄ろうと考えたいじらしさは微笑ましいのですが、決定的な失敗をやらかしてしまいます。

イヴォンヌ姫が歩み寄りの手段として提示した案は
「乳母か家庭教師を雇って、彼らに”叱り役”をやってもらう。私はその”慰め役”をやる」
そんな折、末娘のアガーテ(ちなみに、実際は長女です)がハサミを振り回して大暴れ。
マリア先生はアガーテをやっとの思いでつかまえて、こっぴどく叱りつけます。
アガーテはお説教の最中、傍にいたイヴォンヌ姫に「抱っこ」を要求し、彼女はその要求に応じて優しく抱き上げてしまいます。

まぁ私も流石にこれはイヴォンヌ様マズイべさ~と思いましたけれど^^;

ただ、トラップ一家物語というか、世界名作劇場に登場する子供キャラの言動って、妙~にリアリティがあるのですよね。
それも3つか4つぐらいの、小さい子供ほど。

なので、イヴォンヌ姫の子供たちへの”教育方針”には感心しませんでしたが、アガーテに対する困惑振り、狼狽振りはリアルでの私自身と少しダブるものがあって、他人事とは思えませんでしたね^^;
恐らく、小さい子供から見た私の姿は「この人に懐いて良いものか?」という意味でイヴォンヌ姫っぽいかも知れません。


アガーテに靴と服は台無しにされるわ、マリア先生から子供に接する上でのズレを太刀打ちできないほど指摘されるわ、愛するゲオルクがマリア先生に気があることがハッキリしてしまうわで、この2話はイヴォンヌ姫にとって散々なものになってしまいましたけれど、彼女の魅力が最大限に現われていたお話でもあったと思います。

対アガーテ戦wで精神的ダメージを受け、衝動的に帰ってしまったものの、後悔して
「ゲオルクに嫌われてしまったかも!」
と凹んでしまうあたり、子供たちの新しい母親になる資質の無いことがハッキリしてしまった反面、貴族云々ヌキで本当にゲオルクを好きだったこともハッキリ伝わってきましたし。

それゆえに、愛するゲオルクの気持ちがマリア先生にあることが分かったときの、潔い身の引き方が見ていて切なかったですね。
マリア先生に
「さようなら。子供たちの母親には、あなたがなるべきよ」
と言い残して…



そんなわけで、明るく前向きで筋の通ったマリア先生も素敵ですが、必ずしも共感できないけれど人間的かつ魅力的だったイヴォンヌ姫に、より好感を抱いてしまいました^^

作中では身を引いた後すぐに年下の貴族と婚約し、その後は名前も出てこなくなりましたが
(実在の方らしいのですが、検索しても消息が出てきません。ドイツ語のサイトなら、あるいは…なのでしょうか?)
敗色濃厚な戦に果敢に挑み、散った分、幸せな人生を歩んだことを祈らずにはいられません。


…って、すっかりイヴォンヌ姫一色になってしまいましたわ^^;
色々書きたいことがあったんですけどw
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2009/10/26(Mon) | ネット以外で思うこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
コメント
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トラップ一家、好きでしたよー♪
リアルタイムで、ビデオに撮って、
何度か見ましたが、
今も見れる時は、BS見てます♪

イヴォンヌ姫は、とても良いです(^▽^
最近はラビニアが好きとか、
いわゆる敵役の立場を、
理解する声もだいぶありますが、、、

トラップ一家の、良いところは、
悪人と善人が、いるのではなくて、
同じ人のある部分が、ある意味では良くもなり、
別の視点からは、悪くもなる…と言う、
とても相対的で、公平な描き方を、
してくれた事と思うんです。
(ナチスをあれだけ、嫌いながらも、
 「新型の潜水艦」には、ちょっと心が揺れる、
 トラップ艦長が好きです(^▽^;;)

イヴォンヌ姫は、
まったく“悪く”は、無いと思うんです。
むしろとても正直で、子供を子ども扱いせず、
対等にやりあうところなんか、好感持てます(笑)

例えばヘードヴィッヒが、マリア先生に出会わず、
大人に裏切られ続けて、大きくなったら、
イヴォンヌ姫ちっくに、なってたような気もします。

マチルダ婦人対マリア先生の構図は、
普通なら、躾や礼儀に厳しい、マチルダ婦人が、
子供の心をわかってくれない、悪い大人側として、
描かれかねないんだろうケド、
今の時代なんか振り返ると、むしろ今は、
マチルダ婦人6対、マリア先生4くらいの割合で、
礼儀や躾を重んじても、良いんじゃないか?
とさえ思います(^^;;;

貴族と庶民は違う…と言うのも、
時代背景も含めて、丁寧に作品を見ていくと、
決して人種差別的な、意味だけではなく、
人の模範となるべき、グループとして、
きちんとしなさい…みたいな部分も、あったと思います。
(ちょうどポリアンナで、裕福な家から施されるのを、
 貧しい人が断ったような表現の、反対というか。)

ハンスさんは、賛否あるかもしれないですが、
拍手を上げたいくらい、良く描かれていたと思うし、
個人的には(物語としてなら、史実以上に)
あれで良いと思います。

最初みた時に、モノすごくショックだったんです(・・;;
「ああ、マジメで誠実だけど、融通の利かない、
 お堅い人物が、主人公の奔放さに触れて、
 徐々に打ち解ける、パターンだな♪」
と思ってみてました。
で、実際途中までは、その通りでした。
このまま終わったら、ドラマではいくらでもある、
上記のパターンの、人だったでしょう。

その、やっと時間をかけて、
打ち解けて、心を通わせた人が、
「もう一回、豹変してしまった。」
これがすごくショックでした。
(でもそれに説得力があったんです。)

これとあわせて、アニメのトラップ一家は、
銃弾一発、飛び交う事もないのに、
「学校に行くと先生が変わっている」
「挨拶が変わっている」
「教育が変わっている」
「その理由を聞けない」
「でも従えば褒められる」
「疑問を持てば叱られる」
と言うくだりが、
すごく戦争の怖さを、表していました。

トラップ一家くらい、さりげなく、
また戦闘シーンも描かずに、
戦争を怖いと思わせたアニメも、
少ないと思うんですよ。
(時間の関係で、仕方ないのでしょうが、
 ここはむしろ、実写版の方が、
 通り一遍の逃走劇に、なってたと思います。)

最後だけが少し、駆け足だったように思うんですが、
個人的にはトラップ一家は、ナンとジョー先生に匹敵する、
無難に満点近い、大好き名作アニメです(^▽^
by: ゆきみ * 2009/11/01 19:51 * URL [ 編集] | page top↑
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>ゆきみ先生

> トラップ一家、好きでしたよー♪

確か、お手持ちのPCにトラップ一家にちなんだお名前を付けていらっしゃいましたね^^
その後、マリアさんはお元気でいらっしゃるだろうかと思ったりして…


> トラップ一家の、良いところは、
> 悪人と善人が、いるのではなくて、
> 同じ人のある部分が、ある意味では良くもなり、
> 別の視点からは、悪くもなる…と言う、
> とても相対的で、公平な描き方を、
> してくれた事と思うんです。

まさに私も、全話見て同じことを思いました。
例えばミンチン院長や、パトラッシュの前の飼い主(名前失念^^;)のように、大人になってから見ても
「どう考えてもダメダメな人だな~」
と思えてしまう登場人物がいなかった点が、最後まで気持ちよく鑑賞できた細大のポイントかなと^^

マチルダ夫人は、彼女なりの責任と愛情でトラップ家の人々と接していたことが、分かりやすく表現されていましたし。
クラリーネさんは、慣れない環境で心細かったんだろうな~と想像できましたし。

マリア先生や子供たちと衝突した人物を相対的に描いたからこそ、すべての登場人物が良い意味で魅力的な作品でした^^


> ハンスさんは、賛否あるかもしれないですが、
> 拍手を上げたいくらい、良く描かれていたと思うし、
> 個人的には(物語としてなら、史実以上に)
> あれで良いと思います。

子供たちの学校の環境や、突然いなくなってしまった主治医の話でじわじわ伝えて、最後にハンスの豹変で決定的になってしまう。
世の中が変わってしまったことを確実に、そして、ナチスの台頭を銃撃や暴力的なシーン無しで表現したという点では、完成度の高い演出だったと思います。

ゆきみ先生のコメントを拝見して、ひょっとしたら製作側の意向で、ハンスさんに世の中が変わったことの象徴になってもらったのかも?
と思いました。


トラップ一家物語は、リアルタイムで放映されていた当時は注目度がそれほど高くなかったそうですけど、
・サウンド・オブ・ミュージックとは違った切り口でトラップ一家の軌跡を描いたこと
・登場人物を善悪分けずに人間的に描いたこと
・ナチスの台頭を、バイオレンスを極力押さえて描いたこと
特にこの3点が見事に表現されていて、老若男女問わず鑑賞できる屈指の名作と言っても過言ではないと思います^^
by: Lumines * 2009/11/02 11:13 * URL [ 編集] | page top↑
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