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永田死刑囚、死亡。
永田洋子死刑囚が死亡 元連合赤軍幹部
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110206/crm11020601260002-n1.htm

私は、連合赤軍によるリンチ殺人~あさま山荘事件をリアルタイムでは知らない世代なのですが、雑誌の連載か何かの「世間を騒がせた女たち」みたいな特集で永田死刑囚が取り上げられていたのを読んだことがきっかけで、彼女には少し興味を持っていました。

身元引受人の瀬戸内寂聴さんの本で、1990年前後に脳腫瘍を患い、身体的な機能が著しく低下している様子が記されていたので、2008年の秋に危篤状態との報道を目にしたときには正直
「まだ生きてたの!?」
と思い、そして今回、死亡記事を目にした際も
「そんな長いこと危篤だったの!?」
というのが正直な気持ちでした。


リンチ事件に関しては、あくまで書物や映画を見た印象として
元々組織をまとめていた人たちが逮捕されてしまい、京浜安保は永田洋子、赤軍派は森恒夫という、口達者でそれなりに行動力はあるけれど、集団をまとめる力量は微妙~な人物がリーダーになってしまった。
京浜安保と赤軍派は、思想的に左側を向いている点は共通していても、活動のスタンスは異なっている。
にも関わらず両者は合体して連合赤軍となってしまった。
…というのが、集団ヒステリーの悲劇を生んだ最大の要因なのかなと。

連合赤軍のリーダー格としての永田死刑囚は、無駄に威圧感があり、頭も回る方なので、特に苛酷な閉鎖環境ではその言動に説得力があるという、どこかで見かけたような加害者気質の持ち主といった感じですが^^;
一方で、瀬戸内寂聴さんとのやりとりでは、差し入れのワンピースにはしゃいで、差し入れてくれた瀬戸内さんに率直な喜びの気持ちを綴り、
そして自らが主導して死に追いやった女性同志のことは
「彼女は乾燥肌で、いつもニベアをつけていました」
と、職場の同僚の思い出語りのように(※私の主観です)打ち明ける。
個人的にはこの落差が今もちょっと、考えさせられます。

果たして、元々は瀬戸内さんとやり取りしていたときが本来の彼女の姿で、革命に関わったがゆえにその性質が歪んだ形で表われてしまったのでしょうか。


でも。
連合赤軍の活動に参加したメンバーの中に子連れの夫婦がいて、夫の意向でアジトに入ったものの、夫は殺害。
妻と子は幸いにも難を逃れ、妻はその後逮捕。
子供はアジトを脱走したメンバーの機転で警察に保護された後、夫の両親に引き取られたものの、夫の両親は妻に絶縁を言い渡し、妻は子供に会うことが叶わなくなってしまったという話を昔聞きました。

この事件は亡くなった方やそのご遺族だけでなく、生き残った当事者も深く苦しんだと思います。
当時リーダー格として組織を取り仕切っていた以上、彼女には人生をかけて償う義務と責任があるのは当然のことであり、40年近くを獄中で過ごして重病を患ったとしても、私はそんな彼女の冥福を祈れるほどの度量の広さは持ち合わせておりません。

ただ、ひとつだけ。
ともに連合赤軍を仕切っていた森が首吊り自殺をしてしまい、それを聞いて「ずるい!」と絶叫した逸話だけは同情いたします。
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2011/02/08(Tue) | ネット以外で思うこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
コメント
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私は浅間山荘事件をリアルタイムで見た世代ですが、この頃は安田講堂や三島由紀夫自決等々の事件が連続して起こり、日本が大きく動いていた時代なのだと思います。団塊の世代の人たちが日本を憂いて、良くも悪くも活発に行動していた時代。
しかし、団塊の世代のお兄さんお姉さんたちに続くべき私達世代(俗に三無主義世代と言われていますが)は全くその動きに追随せず、日本の学生運動は潰えました。
浅間山荘事件はその最後の墓標のような事件だったように思います。
三無主義世代の私は、団塊の世代に対してとてもコンプレックスがあり「日本を駄目にしちゃったのは私達の世代なんだろうなぁ」と思ってましたが、よくよく考えたら菅直人も鳩山由紀夫も団塊の世代。私達だけの責任でもなさそうだなぁと思い直してます。
永田洋子さんはとても団塊の世代っぽい人というのが私の印象です。亡くなったということは全く知りませんでしたが、これを機会に少し彼女に関する本でも読んでみようかなと思います。
by: 福童 * 2011/02/08 15:04 * URL [ 編集] | page top↑
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> 福童さん

言われてみれば、そうでした!
安保闘争の頃は、ちょうど団塊世代の人たちの青春時代と重なっていたのですね。

個人的には団塊世代というと、目的意識が高くて勢いはあるけれど極端な方向に走りすぎるイメージがあり
(なので、どちらかというと団塊のすぐ後世代の方々のほうが上司(教師)としてはバランス感覚があって接しやすく感じます)
連合赤軍の事件は見ようによっては団塊世代の迷走を象徴しているのかも…と思います。
ただ、団塊世代が日本の発展を担っていた一面もありますので、その点は敬意を示すべきと思いますけれど^^


折りしも法務大臣が永田死刑囚の病死に関して
「病気で亡くなる前になぜ早期に死刑執行しなかったのかとの声があるかもしれないが、そこまで世の中、殺伐としてはいないのではないか」
とのコメントを発表していますが、当時の空気を間近で、肌で感じ取っていた方々にとっては、時代の終焉を象徴するような出来事なのかも知れません。
by: Lumines * 2011/02/08 23:39 * URL [ 編集] | page top↑
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